今流行のマウンティング大会?

今流行のマウンティング大会?

事実としてマウンティングされた時と、事実ではなく過剰反応で、「されている!」と勝手に感じた時点でいったん会話を止めましょう。

テレビなし生活10年目

元々あまり自宅に滞在しない忙しい生活だったので、もともとテレビ自体は自宅にあっても、熱心には見ていませんでした。

しかし、たまの休日には一日中ダラダラ見てしまい日が暮れる、という経験ももちろんあります。

引越し族だったことが功を奏し、引っ越しのたびに「本当にこの荷物をお金をかけてまでも輸送したいか?!」と自問自答する機会が半強制的に与えられていました。

約10年ぐらい前の引っ越し時に、買い換えるごとに画面のデカさ競争に巻き込まれており、当時持っていた55インチの大画面テレビを、「もう手放そう」と決めました。

以降は国内外での生活を含め、自宅にテレビを置いてさえいません。

テレビなし生活10年目に入ります。

効率良く重要な情報は入ってくる

毎日仕事上、人との会話はあるので必要な情報は必ず入ってきます。むしろ「知ってないとやばいぞ」というトッププライオリティの情報が入ってきます。

この点から情報不足で生活には困るという経験は今のところなく、快適です。

楽しい番組をオンタイムで見られないのは残念ですが、それ以上に暗いニュースを見なくて済むようになりました。

テレビがあると、つけっぱなしにしてしまうだらしない私は、一度暗いニュースが始まっても、消すという行為をさぼります。

結果として、各テレビ局がこぞって一日中放送する暗い同じニュースを浴び続けることになってしまうのです。

テレビが悪いのではなく、そんなだらしない私だからこそ思い切ってテレビを置くのをやめましたが、生活に必要な情報はちゃんと得ています。

浮世離れに拍車をかける

もう一つ面白い現象が起きています。

ものすごくハイテクノロジーや最新知識を持ち合わせているのに、突如スコーンと一部分の知識が抜け落ちています。テレビで流行っている内容など。

このギャップにみんなが笑ってくれています。

「浮世離れ感に拍車がかかってさらにオモシロ先生になった」、と冗談で言わています。

実は「Go to eatキャンペーン」に乗り遅れました。

「使ってみよう!」と思い立ち、ネット検索を始めた時にはもうキャンペーンは中止となっていました。

「ねえねえ、Go toキャンペーンって私も使えるのかな?」

「・・・使え「た」けど、もうそれ、過去形だよ」という感じです。

流行語にも遅れている

例えば、2014年「ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートされた「マウンティング」という言葉を、正確に知ったのはついこないだ。

様々な人から「マウンティングがどうのこうので嫌な思いをした」という話を聞くことが増えたのでインターネットで調べてみました。

すると、マウンテンバイクを使った新種のスポーツ競技ではありませんでした。

マウンティングとは家庭内や職場だけに留まらず、町内会からオンラインセミナーまで、ありとあらゆる種類のコミュニティ内で近年多発しているようです。

要は自分の優位性を誇示する自己顕示欲を表現した言動のこと。

「私のほうがこんな点でも、あんな点でも優れているんだぞ」と、相手を見下す行為全般を指します。

マウンティングの語源は、サルなどの動物界で見られる表現で、「優位個体が劣位個体に対して行なう馬乗り行動」とのことです。『精選版 日本国語大辞典』を参照にしました。

これを現代コミュニティでの不協和音の発生に転用したのが、現在の「人間版マウンティング」なのです。

流行から約7年目にしてこの記事となりました。

マウンティング行動を行うのは当然

「マウンティング」は単に自己顕示欲が彷徨った結果、行動に出てしまった形かと思います。

どんな人にその言動が現れるかというと、「昔褒めて貰いたかった子ども」が大人になった人です。承認欲求が背景に隠れています。

愛情表現や称賛を言葉に出したり、相手が理解出来る言葉や態度で示し、表現する文化がない日本国内で育ったのなら、マウンティング族が多くいても全く不思議ではないです。

むしろ、必然の発生です。

だから、大人になってやっと自己顕示が出来る機会を得て、思う存分「承認欲求」を満たそうと必死にもがいているのです。

褒めて貰いたかった子どもが大人になった

だからこそ、大人になった今、あまり褒めて貰わずに大きくなってきた同世代系の大人同士でお互いを「よく頑張ってきたんだね!」「凄いよ!」と認め合えば良いのです。

仲間内だけでの自慢大会でも、慰労会でもなんでも良いでしょう。「良くこれまで生きてきてくれた。寂しかっただろう」

「本当によく頑張ったな」

そして単に、調子に乗らせるような上辺の褒め方ではなく、その方がこれまで行って来た苦労や努力を認め、諦めずに努力を続けてきた勇気や信念に、賞賛を与えてあげて欲しいと思います。

互いの孤独を抱きしめる言葉が必要です。

なぜなら、「年収3000万なんてスゴいね!素敵!」と言ってしまうと、結果としての「3000万円」という数字が褒められているので、次にもっと褒められるためには、「3500」「4000」を目指さなければなりません。

さらに、何も努力をしていないのに「天才の家系なんですね」と自分ではどうしようもな部分を褒めると、わざわざ努力して人生を良くしようという意欲が失せてしまいます。

認め合い方、褒め方、「世界は愛で出来ている」という認識

「結果としての数字」や「生まれつきもっている自分ではどうしようもない部分」に賞賛を与えるのではなく、その方が行なってきた努力を認めてあげましょう。

人が最も干しているところでもあります。 

「年収3000万なんてスゴいね!素敵!」 → 「思考錯語して、ここまで売り上げを伸ばす工夫をされて来たんですね。」

「天才の家系なんですね」 → 「家系がどうとかよりも、私はあなた個人がそういったものに左右されず、努力されている姿に感銘を受けました」

こう言われた方が、なんか嬉しくないですか?

結局、子どもを対象とする育児でも、大人の人材育成でも、手法は同じだと思います。

甘やかしや上辺ではなく、「個性を褒めて伸ばす」これが愛情です。

「されている!」という被害者意識

1つ気を付けたいのは、「相手にマウンティング意思がないのに、「されている!」と過剰反応をしてしまう場合」です。

あなたがいわゆる成功者と呼ばれる彼と話す機会があり、これまでの成功体験とそれと同量の失敗体験を聞かせてもらいます。

以前、全ての人に当てはまる「+/-ゼロ理論」(コラム参照)でも伝えたように、人から見て羨むようなプラスの部分を多く持つ人は必ず同量の苦労や困難であるマイナスを経験しています。

この大前提さえぶれなければどんなにマウンティングされても「大変だったんだね」と気にはならないのですが、あまりにも過剰にされるとそれ誰だって嫌になりますよね。 

しかし一度だけ「過剰反応」をしてはいまいか、我が身を振り返ってみて欲しいのです。

例えばある分野に関して詳しい方が、あまり詳しくない方に向けて、「自分ならこうするよ」「こうした方が良くなるんじゃない?」などと、持っている知識を示した時に、「アドバイスありがとう」となるか、「うわ、マウンティングをされている!」と思うか?です。

前者は、純粋な反応でしょうが、相手にマウンティング意思もなく事実もないのに自分だけ過剰反応する後者には、秘密が隠れています。

ちょっと不快に思った時は本音に気付くチャンス

「うわ、マウンティングをされている!」と過剰反応を示したら自分を見つめ直すチャンスです。

「あ!私この分野を詳しくなりたいんだ」「そしてこの人みたいに知識が豊富になりたい!」ともしかすると、本音で思ってはいないか一度ご確認願います。

ノートに書き出すのも良し、誰かに話すのも良し。

それがきっと何かのスタートになります。

本当の成功者は同じ話のネタでマウンティングしない

先ほども言いましたように全ての人において「+/-ゼロ理論」が当てはまると思います。

いわゆる成功している人は同じ分の困難や苦労を必ず背負っています。

なので本当の成功者の口から出る成功体験には必ず、いい面と悪い面がセットで話されます。

誰だって見ず知らずの人に自分の恥ずかしいような大失敗などは最初からオープンにはしていないでしょうから、そこは聞いてみてください。

おそらく真摯に尋ねれば、答えてくれると思います。

もし、マウンティングされているのかよくわからないという時はその人の話のネタが毎回同じパターンかどうかを確認してください。

マウンティングをする人は、「過去の成功以上の成功ができるかどうか、現時点で自信がない」のです。だから、過去の栄光にしがみついているわけです。

その結果パターン化していきます。 

長期的に成功している人はそもそもあからさまに人が不快に感じるようなマウンティングをしてきません。なぜならそれが成功だとも思っていないしその人にとっては「普通」だった、「単に好きなことをしているだけ」というマインドですから。

一時的な承認欲求を満たすために人間関係を消費に使ってはいけない

人が不快に感じるようなマウンティングをして良い点は自身の承認欲求が満たされたように感じることです。

しかし本当の人間関係が築かれているわけではないので、効果は一時的。

不快に感じた人はマウンティング族から離れ、彼らはまたまた寂しい思いをするハメになります。

そして孤独が訪れてきます。

まとめます。

誰もが認める事実としてマウンティングをされた時はいったん会話を止めましょう。

その方のこれまでの努力を認めるだけに留めそれ以上左右されないようにしてください。

事実ではなく過剰反応で、「されている!」と勝手に感じた時点でもいったん会話を止めましょう。

自分の本音を探してみてください。

誰もが認める事実としてマウンティングを自分がしてしまうという方もいったん会話を止めましょう。

「本当は子供の時に褒めて欲しかったことがたくさんあるんだな」と自分を認めてください。そして周りを見てみてください。意外と同じような心境の仲間がたくさんいますよ。

あなたは独りじゃない。

終わりに

傷つけるのも、傷つくのも人、癒すのも人。結局、人って人でしか救われないんですよね。

どんなにすごい偉業を達成してもたった一人の誰かに認めて欲しかっただけ、という場合もあります。

もしかするとこれが人生の目的の1つなのかもしれません。

今すぐできることとして、簡単な事が一つ挙げられます。

身近な人を大切に。

自分の承認欲求を満たしたいがために人間関係を消費し、人が離れていけば本末転倒ですものね。身近な人を大切にしましょう。

そしてあなたの奥底に眠る大きくて強いエネルギー、承認欲求をどうせなら、どうせなら人が喜ぶポジティブなものにエネルギーに変えませんか?

あなたを必要としている人は、世界中にたくさんいます

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この記事を書いたドクター

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福島 八枝子
明るく好奇心旺盛な整形外科専門医Dr.ヤエコフがお届けします。スポーツ医学の本場アメリカで研究したPM&R(Physical Medicine& Rehabilitation)を扱う最新医学情報をはじめ、海外や日本での生活におけるおもしろエピソード等をご紹介

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