結局仕事なんてなんでも良い

結局仕事なんてなんでも良い

最近、以下のような質問やご意見を頂きます。

  • 「どうすればあなたのようにワクワクと楽しそうに仕事ができますか?」
  • 「どうやって人生を楽しく生きられますか?」
  • 「好きな職業に就けていないので退職します。そしてワクワクする仕事を見つけなければいけません。」
  • 「私はもうダメだけど、うちの子にはワクワクと生きて欲しいのです。医学部への受験をさせた方が良いですか?」

そのように他人から見られているのだなぁと嬉しい反面、決して私も何もしないで最初からこのようになったわけではないと言う事実も正直に伝えなければいけないと思いました。

タイトルにもあるような「結局仕事なんて何でもいい」と言う領域に達するまでのプロセスを含め、考えをコラムにまとめました。現在社会で、良い仕事が見つからないと悩んでいる方へこのコラムが何かのヒントになれば幸いです。

幼少期に抱いた信念

私は幼少期から一風変わった子どもでしたので、当時から自分なりの信念とやらをカッコつけて語るのですが、背が低い上に童顔で、話すのが非常にゆっくりおっとりですから、話す内容と身なりの格差のすごいこと。しかも大阪で話すので、そのギャップがウケていたように思います。今で言う、愛されキャラ得ですね。

そんな愛されキャラですが、きっと大人達の顔色をよく見る環境だったのでしょう。

「結局、人間の人生なんてプラスマイナスゼロだ!」と小学生頃には既に結論づけていました。そのような環境から生み出さざるを得なかったのだと思います。

他人から見たらまるで羨むようなプラスをたくさん持っている人というのは、高学歴・高収入、外見も良くて大きなマイホームも持っている…と一般的に想像出来ます。しかしながらそのような人は必ず、同じ量のマイナスを持っているのです。これは自身の例にも当てはまりますし、これまで出会ってきた多くの見た目の成功者と呼ばれている人たちもそうでした。

目立つプラスの部分だけを見て人を羨むのは浅はかです。たくさんプラスがあればあるほど、同じ量の莫大なマイナスがやってきますよ。それでもあなたはまだそんなプラスに憧れますか?

人生プラスマイナスゼロ理論 1

よくある例を挙げると、みんなが憧れるような一等地に大豪邸を持ち高級外車を乗りまわす見た目の成功者さん。皆が羨むような素敵な奥様/旦那様、子どもを含む家族もいます。年収もすごい額。ですが、実はこれまで1度も心が安心や幸せで満たされたことがないと言います。さらに、その孤独感を隠すために朝早くから夜遅くまで仕事をがんばっているとしたら、皆さんはそれでもその方に憧れ続けますか?

中高年になっても1度も心が満たされたことがないなんて、ある意味生き地獄です。私なら豪邸も高級車もいらないから、毎日ニコニコして「あー幸せだなぁ」と談笑でもしながらお茶漬け食べてる方がよほど良いです。少なくとも私は見た目の成功より心の平和の方が欲しい派です。正直に言うと、仕事なんてほどほどで、まずは自分の幸福を充実させたいのが人間の本音だと思います。

もう十分に産業が発展し尽くしたと言えるほどの現代社会において、今、本当の幸せを求めている人が増えている気がします。この記事を読んでいるあなたは、きっと薄々そう気付いているからこそ、今お読みなのだとも思います。

「働き方改革」というよりは、そもそもなぜ働くのか?という「働く意義改革」の時なのかもしれませんね。

人生プラスマイナスゼロ理論 2

結局寿命が最後終わるときには全ての人はプラスマイナスでゼロになると言いました。一体どういうことかと言うと、人生全部を終えてみてプラスとマイナスの部分を全て洗い出し合計すると、意外にも0点になるだろうと思っているということです。

例えば、某有名大学に入学できて+100点。しかし高校3年生の部活期間を1年間は諦めましたよね。これで−100点という具合に計算をしていきます。人生においては様々なジャンルがありますが、計算は単純に相殺されていくと言う考えです。ENDを迎えるまでプロセスを人生と表現しますと、例えば冒頭の質問、「うちの子を医学部に入れた方が良いか?」に対する問いに私は、「どっちでもいいんじゃないでしょうか?その人がどういった振幅の人生を送りたいかにかかっている。」と答えます。

なぜなら、医学部受験はものすごく大変です。人間形成において非常に友達付き合いが大事な高校生の時期でさえも、自宅・学校・予備校を通うだけになるほどかなり受験勉強を頑張らねばなりません。青春を謳歌するほど十分に友人と遊んだりスポーツに勤しむ時間は明らかに削られます。この点においてはマイナスといえます。このマイナスを背負ってでも、医学部に入ると言うプラスを成し遂げたいかどうか?本人の思い、この一点にかかっていると思います。

もちろん、医師としての就労においても精神的、肉体的に過酷な時間は必ずたっぷりありますよ。

要はちょっとした負担を背負ってでもやり遂げたいか?本人が本当にやりたいかどうか?本人が人生で求める振幅に全て委ねられるということです。

なので、「なんでも良い」と私は答えます。

コンプレックスを解消させていくと自然に良い人生になるTRICK

やりたいこと?!といっても、大人でも分からない人が多いのに高校生で分かるはずもありません。もちろん小学生でわかる子もいれば、大人になっても高齢者になってもわからないままの人もいます。これは千差万別です。

ただそうやっていると大学の時期や就職の時期を逃してしまいますので、そういった時に1つの有用な方法は、自分のコンプレックスに焦点を当てると言う方法です。

「学生時代に靭帯を切ったので、理学療法士になりたい。」「入院中看護師さんにお世話になったので、自分も看護師になりたい。」このような動機で医療職に就く者は非常に多いです。何を隠そう私もそのうちの1人。中学生の時にスポーツで膝を痛め、「スポーツのお医者さんになりたい」と医師を志しました。

他にもたくさんあります。「子供にアレルギーが多いので田舎移住をした」「野菜嫌いの子供に野菜を食べさせるために農家に転職した」「自身が病気ばかりの幼少期だったので、健康を考えるヨガの先生になった」

「幼少期が貧乏だったので何でもいいからお金儲けがしたい」

これはすべてネガティブを克服するための達成です。物事の達成と言うことにと言う点においてはプラスの加点です。自分のネガティブも克服出来て、他人に「幸せ」を与えられる職業なんて、最高ですよね。

幼少期に貧困を感じて生きた方は、存分に資産形成をし、ある程度自己満足が終われば世の中にその富を配られる方もいます。結局、どんな職業についても心が成熟すれば社会貢献は出来るのです。

しかし1つだけ注意は、せっかく時間も労力も割いて達成したとしても、時にマイナスポイントになる例があります。実際の採点方法は、それは神のみぞ知る領域かもしれませんが、ただやっぱり、本人が心の底から幸せになりたいと言う思いに素直に従って行動したことにはプラスの加点が与えられる気がします。

自分の孤独やネガティブを埋めるために他人を利用したり傷つけるのはやはりマイナスポイントだと思います。

結局仕事なんてなんでも良い

「好きな職業に就けていないので退職します。そしてワクワクする仕事を見つけなければいけません。」

この時点でだいぶ追い込んでいますよね。後にプラスが来ると信じていているが故の追い込みであるとしても、追い込んでいると言う内容そのものはマイナスかもしれません。

なぜなら「〇〇しなければいけない」と自分に半分強制しているのです。もしかするとこの方は、どんな労働環境でも一定のリズムで働ける人なのかもしれません。その職場はワクワク、ドキドキする程に楽しくはないけれど、真面目に遅刻もなく評判も悪くなく働けると言う才能の持ち主なのかもしれません。

それならこれでもいいんじゃないでしょうか?

ワクワクしながら働くと言うのも1つですが、現代では貨幣制度ですので、生活費が必要になります。例えば生活費の収入源は、可もなく不可もない職場で淡々と業務をこなすだけの時間とし、その対価として生活費を得て、その空き時間や仕事終わりで、本当にやりたいようなことを追加すると言う方法もありますよ。

まずはボランティアから初めてみてもいいですよね。いつの日かそのボランティアを生活費を稼ぐ手段としての仕事にしたいのならそれを本業にしたらいいだけです。

起業するのに年齢制限はありません。転職の自由もあります。いつでも大丈夫です。

もっというと、仕事なんて自己満足かもしれないと思う時があります。「社会に貢献している!」という所属感が欲しいだけだったのかもしれません。

人間は基本的に寝ている時間が1日の約8時間、労働時間はそれに匹敵する8時間勤務です。そうすると勤務時間のこの8時間をいかにどう過ごすかが人生を有意義にしたり、楽しくするコツではないでしょうか? 同じ8時間ならどうせなら自己を満足させたいですよね。

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この記事を書いたドクター

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福島 八枝子
明るく好奇心旺盛な整形外科専門医Dr.ヤエコフがお届けします。スポーツ医学の本場アメリカで研究したPM&R(Physical Medicine& Rehabilitation)を扱う最新医学情報をはじめ、海外や日本での生活におけるおもしろエピソード等をご紹介

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